第1学期 始業式 式辞

平成30年4月9日
校長 吉田勝哉


今日から新学期が始まります。
先ほどの着任式で紹介しました先生方も加わり、新しいスタッフで私たちの高円高校がスタートします。環境も少し変わって、何かと落ち着かないことも多いと思いますが、新しい環境に早く慣れるためにも、クラスの人たちとコミュニケーションを持ち、よき人間関係を築いていきたいものです。

 さて、この春期休業中に天気の穏やかな暖かい日を選んで、葛城山に登ってきました。ロープウェイのお陰で、何の苦もなく山頂に立つことができました。四方の眺めは素晴らしかったです。山では、行き交う人は誰もが「こんにちは」と挨拶を交わし、清々しい一時でした。登ってきてよかったなあという気分になりました。
ほどなく再びロープウエイで下山しましたが、ここからは別世界で、人も車も、あいさつはおろか、まあ、ギリギリのマナーさえ疑わしい場面にも出くわしました。何もかもと言うわけではないですが、わずか数百メートルの高低差が、人の行為を大きく変えているのです。でも、それは他人事ではなく、山を下りれば、私自身も元の世界に戻ってしまっていることにも、気付いて残念でもありました。
山の何が、人の心を和ませるのでしょうか?風でしょうか、心地よい運動でしょうか?
きっと、山では、人は山歩きを目的としているので、山歩きを楽しみたい、という気持ちがあるのだと思います。それが、日常生活だと、時間に遅れるとか、考え事とか何かがあって、そんな「心の余裕」がないのではないか、それが原因かなあと思うのです。

 学校は生徒諸君にとっても、私たち職員にとっても生活の大きな部分を占める場所でもあります。「焦らず、惑わず」、学校での生活をある意味、楽しめるようしたいものです。
そのためには、①時間的に余裕を持つこと、②何事も後回しにはせず、段取りよくやること。③コミュニケーションを大切にして、よき相談相手を持つことなど、「心に余裕」を持つことが大切なのではないかと思います。
そこで、生徒の皆さんに提案したいことがあります。「おはようございます」「さようなら」などの挨拶を、「心に余裕」を持って、いつでも、どこでも、誰にでもできるようにしましょう。このことを1学期はお願いしたいと思います。
今日は挨拶を例にしましたが、生徒諸君が、そして、私たち職員もこの学校が学びの場として生活しやすいように、お互いに「心に余裕」を持って、生活のしやすい「和やか(なごやか)な心の世界」を作り上げたいものです。以上をもって、1学期始業式の式辞とします。 


第3学期 始業式 式辞


                                                              平成30年1月9日
                                                                  校長 吉田勝哉

 皆さん、「明けましておめでとうございます。」
新しい年を迎えて、皆さんの元気な笑顔と顔を会わせられることを、とてもうれしく思います。今年が皆さんにとって良き年、飛躍の年となることを期待しています。

  (中略)

 最後に、3学期の始業式に当たって、「為せば成る」の話をしましょう。
「為せば成る」とは、為せば = やれば、成る = できる、ということで、「やれば、できる。」ということ。そしてこの後には、「為さねばならぬ何事も」と続きます。つまり「為せば成る 為さねばならぬ何事も」とは、「やれば、できるかも知れない。でも、やらなければ、決して何もできない。」ということです。そして、この言葉はここで終わると思っている人もいるようですが、このあと更に続くのです。「成らぬは人の為さぬ成りけり」と。つまり、「できないというのは、やろうとしないからだ。」というのです。

 「為せば成る 為さねばならぬ何事も 成らぬは人の為さぬ成りけり」

 「一生懸命に努力しても、できないこともあります。でも、『為せば成る』の精神でやってみることが大切なのだ」というのです。そして、「やらなければ絶対できはしないともいえます。「できない」のは、最初からできないと思って、何もしないからだ。」というのです。付け加えて言うならば、「何かに取り組んで、たとえそれが失敗だったとしても、ほとんどの失敗は「いい経験」になる。一番の失敗は、何もせずチャンスを逃してしまうことだ。」といっているように思います。
「為せば成る、為さねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬ成りけり。」
これは、江戸時代の中期、米沢藩藩主の上杉鷹山(うえすぎようざん)の言葉です。10歳で米沢藩の婿養子になって17歳で米沢藩を継ぐのですが、藩の財政は膨大な借金があることを知ったんです。藩主になれたと思って喜んでいたら、実は膨大な借金を返済しなければならない責任者となってしまったのです。しかし、鷹山は、落胆することなく、「為せば成る」の精神で、藩主自ら模範として節約に努め、米沢藩の財政再建・産業復興に取り組み、復興を成し遂げた人物なのです。
1961年、43歳で第35代米国大統領になったジョン・F・ケネディの就任の時、日本の新聞記者が「日本で最も尊敬する政治家はだれですか。」と質問した。これに対し、ケネディは「上杉鷹山です。」と答えた。おそらく日本人記者団の中で上杉鷹山の名を知っている人は少なかっただろう。というエピソードもあります。
皆さん、この言葉を覚え、自らの行動に生かしてほしいと思います。以上を、3学期の始業の言葉とします。


第2学期 始業式 式辞

平成29年9月1日
校長 吉田勝哉

 昨日で夏休みも終わり、今日から2学期が始まりました。
日中はまだ暑いものの、朝晩の涼しさに秋の息遣いを感じる頃となりました。暦の上では「禾乃登」(こくもつすなわちみのる)の候、田んぼの稲穂にも実が入り、穂を垂らす頃となりました。
私が1学期の終業式で話したことですが、この夏休みに何かの上達のために、我慢強く打ち込むことができたでしょうか。さらに、何か新しいことに、一つでも挑戦することができたでしょうか。
夏休み中のクラブ活動では、各部とも活発で、良い成績を残してくれました。数多くありますが、その中で皆さんがよく知っているものを一つ挙げてみます。
それは野球部の活躍です。県大会ではベスト8に進出しました。1戦目・2戦目ともに、球威のある投球とファインプレーもでた堅い守備力、そしてホームランも出た力強い打力、チームとしての連携も惜しみなく発揮されました。普段の練習に基づく素晴らしい力と技に、そして鍛えられたその速さと身のこなしに感動する場面がたくさんありました。大きな声援を送るとともに、一つにまとまって応援することができました。
準々決勝では惜しくも敗退しましたが、野球部の活躍には大いに感動し、私たちも打ち込んで力を尽くせば、何かを達成できるという勇気を与えられました。ありがとうございました。
さて、2学期にはたくさんの行事があります。まずは「高円祭」です。それぞれの係でもうすでに準備が始まっていると思いますが、文化祭は生徒の皆さんの自主的な活動意欲が試されます。仲間どおしが互いに協力し、チームとして進めていってください。高円祭では、いろいろなイベントの計画があると聞いています。私にとっては初めての高円祭、楽しみにしています。楽しく大いに盛り上がるとともに事故のない「高円祭」を期待しています。
またそのほか、「校内体育大会」、2年生は「修学旅行」、音楽科は「定期演奏会」、美術科・デザイン科の「高円展」などなど、2学期は多くの行事があります。皆さん一人一人が持てる力を十分に発揮し、最初に言いましたように、2学期が実り多く、垂れる稲穂のように、収穫の多きことを祈りたいと思います。
ところで、2・3年生の皆さんは、1学期の始業式で私が話した、「グライダーと飛行機」の話を覚えているでしょうか。
誰かに引っ張られて飛び立つグライダーとしてではなく、最終的には、エンジンを持つ飛行機として、自ら飛び立ち、うまく目的地に着陸できる力をつけて貰いたいと話しました。つまり、個性ある皆さん一人一人がうまく自己を表現できるところまで、力を付けてほしいということです。でも、それを達成するには、まずグライダーとして、先生方のご指導のもとしっかり学んでほしいと。
具体的にそれは「授業」で、本当の学力養成は「授業」から生れ、真剣に授業に取り組むことが、皆さんの自己実現、つまり進路実現につながるのだと。少々の困難があってくじけることなく闘志を持って、練習や訓練を続けてほしいと言いました。2学期は行事がたくさんありますが、決して授業をおろそかにすることが無いようにしなければならないことを心してください。
最後に、特に3年生にお話ししたいことがあります。
大学受験をはじめとして、一人一人が個々に進路を決める時期が、間近に迫っています。準備はおさおさ怠りはないことでしょうが、今こそ胸突き八丁の踏ん張りどころです。一言で言えば「悠々として急げ」です。慌てることなく悠々と、しかも急がなければならないということです。それぞれの目標に向かって頑張ってください。
この2学期が、皆さんにとって「実り多き秋」となることを祈り、2学期の始業の言葉とします。

 


進路について考えるということ(2017進路ガイドブック 巻頭言から)

平成29年6月21日
校長 吉田勝哉

 「進路選択とは、社会の中で自己実現し、精神的、経済的な自立をする過程である」といわれます。高校生のこの時期、「進路について考えるということ」は、将来、大人として社会で活躍するするための欠かせないステップでもあるのです。

人が自己の進路について考えるとき、自分は「将来どんな人になりたいのか」、「どういう進路を進みたいのか」、「適性は何か」など、過去の自分を振り返り、現在の自分と向き合い、未来の自分を構築していかなければなりません。さらに、高校生ともなると、こうした自己の内的要因だけではなく、「社会情勢の変化」、「家庭の経済的状況」など、より現実的な外的条件、環境状況も含めて考慮して進路を決定していくことにもなります。自分がどのような進路を歩みたいのか、どのように生きていきたいのかという問いは、後の自分の人生を方向づける重要なものではありますが、それゆえにすぐに一つの解が出るようなものではなく、ある解が出たたとしてもそれは絶対的なものでもなく、暫定的なものとして考え続けながら進路を歩んでいくことになるのです。
進路決定において繰り返し悩みながらも前に進んでいくためには、一人で抱え込むのではなく、親はもちろん、先生や友人など周囲の人にも相談し、支えや励ましといったサポートをしてもらうことも重要となります。特に高校生にとって親は重要なサポーターです。日常生活の中で幼い頃から自分をよく知っていて、最も身近な職業人として進路に対する考えやイメージをアドバイスできる人だからです。
「第7回高校生と保護者の進路に対する意識調査2015」(全国高等学校PTA連合会・リクルート合同調査)によると、進路を考えるときの高校生の気持ちは、「楽しい」が22%、「不安」が72%と進路に不安を感じているものが半数を超えています。そして、最大の気がかりは、「学力不足」55%、「自分の適性が分からない」33%、「やりたいことがわからない」31%と、学力だけでなく適性や将来の職業に対しても悩んでいる高校生が多いことがわかります。また、子どもの進学を希望する保護者に対して、進学先の検討で重要な情報は何かという問いには、「現在の入試制度の仕組み」57%、「進学にかかる費用」57%、「将来の職業との関連」46%、「学部学科の内容」38%、「就職状況」38%となっています。
高校生が自分の進路選択に取り組むには、かなりの時間を必要とします。そのためにも早い時期から取り組み始めることが大切です。進路決定の時期が来て、「周りがいくから何となく」、「先生や親に言われたから」となるのではなく、「自分のやりたいことができる進路」、「自分の個性や能力が伸ばせる進路」といえるようにしたいものです。

 


平成29年度 奈良県立 高円高等学校
第35回入学式  式 辞 (一部抜粋)

平成29年4月11日
校長 吉田勝哉 

 (略)
続いて、本校の教育目標にこと寄せて、私が皆さんに、これからの生活に期待するところを話します。
本校の教育目標は、「芸術科を擁する学校としての特性を生かし、感性を育み、心豊かな生徒の育成を目指す。」というものです。
まず、「感性を育む」とは、どのようにしていくことなのでしょうか。
こうに決まっている。世の中的にはこう感じた方がいい。そんな常識に囚われることなく、自分の感覚に蓋をせず、本当の自分が感じる気持ちに意識を向けることです。アートや表現物に対してだけでなく、日常生活の中で感じ取ることのすべてが感性なのです。
新入生の皆さんは、わくわく・生き生きと、学校生活を思う存分楽しんでください。そうした経験をとおして、何かの物まねではなく、新しいものを生み出す創造性を育んでもらいたいのです。
次に、「心豊かな生徒」とは、どのような心を備えた人物なのでしょうか。
一つは、誠実さ・謙虚さがあり、自分に対しても他人に対しても正直である人物です。
常に素の自分であり、過大評価(無理に背伸び)もしない、過小評価(変に卑下)もしない。そして自分を律し、誠を尽くす心を備えてほしいのです。
二つは、他人を尊重し感謝心のある人物です。
自分の周りの人すべてを尊重し、個々の個性を理解し、相手を馬鹿にすることをしない。自然体でどんな人ともふれ合うことができる。そんな人を思いやり、他を尊重する心を備えてほしいのです。
三つは、自分らしい生き方を選択している人物です。
自分らしさと向き合い、等身大の自分で物事を判断し、自らの意志で選択する。よりよい希望に高い志をもって、いつも前向きに楽しく人生を切り開いていける。そんな逞しく、理想に向かう心を備えてほしいのです。
本校は、これら三つの「豊かな心」を兼ね備える人物の育成を目指してしています。
新入生の皆さんには、これから始まる高校生活をとおして、こうした豊かな心を身に付け、それぞれ個性豊かな夢を描き、その夢を形あるものにすることを期待します。
(略)

 


第1学期 始業式 式辞 (一部抜粋) -2・3年へ-

平成29年4月10日
校長 吉田勝哉 

 (略)
さて、学年のスタートに当たり、この前の職員会議で先生方には、「グライダーと飛行機」の話をしました。学習に関することなので、生徒の皆さんにも、話をしておきたいと思います。
人の操縦するグライダーと飛行機、その飛行の様子は、遠くから眺めるとよく似ています。
グライダーは音もなく優雅に滑空します。とても美しいです。ただ悲しいかな、自力で飛ぶことはできません。グライダーが飛び立つには、誰かが風を読んで、大きな力でうまく引っ張る必要があるのです。
飛行機はどうでしょう。エンジンとプロペラがついています。自分で飛び上がることができるのです。でも、何の訓練もなく、いきなり飛行を試みると、墜落し、大けがをしてしまいます。うまく飛び上がり、旋回したり、着陸したりする操縦方法をしっかり身に付けておく必要があるのです。
さて、賢明な皆さんは、私がいったい何を言いたいのか、気づいたでしょうか。
先生方には、生徒たちが基礎的学力と基本的技能をしっかりと習得できるように、まずは、グライダーとして十分に飛行する練習と訓練をさせてくださいとお願いしました。そしてそれが熟達すれば、次は、飛行機として自ら飛び立ち、うまく目的地に着陸できるような力を付けてくださいともお願いしました。つまり、個性ある君たち一人一人がうまく自己を表現できるところまで、力を付けていただきたいとお願いしたのです。
そこで、生徒の皆さんにもお願いがあります。
まずは、グライダーとして、先生のご指導のもと、しっかり学んでください。
具体的にそれは「授業」です。本当の学力養成は「授業」から生まれます。真剣に「授業」へ取り組むことが、皆さんの自己実現、つまり進路実現につながるからです。
ただし、練習や訓練というのは元々、我慢して取り組むものです。少々の困難があってもくじけることなく闘志を持って続けてほしいのです。
先生方は皆さんを、グライダーとしてだけではなく、自ら上昇し、自由に滑空し、目的地に着陸できる「飛行機」となれるよう導いてくださると思います。皆さんの努力がきっと将来実を結ぶことと確信します。
(略)