「惜別のことば」

 「宇陀の阿騎野にそびえ立つ 八角塔の輝きは求めてやまぬ理想の象徴」と校歌に歌われた本校の前身、宇陀中学校が誕生し、100年の歳月が流れました。

 本校は大正12年(1923年)4月、県内4番目の中学校として開校されました。宇陀地方や東吉野・吉野山間部の若者の学力保障と確かな人間形成を願う地域の声、多大な努力があればこその開校でした。八角塔がそびえ立つ、学び舎を初めて見た地域の方々の喜びや感謝の念はひとしおであったと思われます。その後、大正・昭和・平成・令和の時を経て、校名と校歌の変遷はあっても、八角塔の精神と校訓「剛健・進取・偕和」は継承され、数多くの素晴らしい人材を育み、世に送り出してきました。その大宇陀高等学校も、令和5年3月末をもって閉校となります。今日までの歴史の重さや輝かしい伝統、そして何よりも同窓生の皆様の母校を思う気持ちを考えると、感慨深いものがあります。

 閉校が決まって以来、私たち教職員一同は卒業生の皆様が刻まれた素晴らしい歴史に恥じない学校づくりを目指してきました。特にこの1年間は、最後にふさわしい年にするため、「新輝点 大宇陀高校~八角塔の精神を引き継ぎ、輝き続けるそして地域と共に歩み続ける~」という目標を掲げ、生徒と教職員が心をひとつにして様々な行事に取り組みました。そして最後の卒業生もたくさんの思い出と充実した気持ちをもって、巣立っていきました。

 ご承知のとおり、令和5年度からは本校は、「奈良県立宇陀高等学校大宇陀学舎」となり、宇陀高校の「こども福祉科」の生徒が通学してきます。

 「東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」と柿本人麻呂が詠んだ、その心境と今、重なり合っています。朝日が差し込み、これから生まれ出づる輝きの中に、反対の空を見ると過ぎ去り移ろい行く光が残っている。大宇陀高等学校の100年の歴史を愛おしく思いながら、宇陀高等学校に引き継がれその未来に新しい光を感じる、そのような思いがあります。

 最後になりましたが、本校を見守り、支えていただきました地域の皆様、また、これまでの県当局のご高配と教育委員会のご支援、ご協力に感謝申し上げます。さらには歴代校長をはじめ旧職員の皆様方のご努力に敬意と感謝の意を表しますとともに、本校に関係する全ての皆様方の今後のご多幸をお祈りいたしまして、惜別のことばといたします。

 

奈良県立大宇陀高等学校
第25代校長  長谷川元祥