令和元年度 同窓会総会の様子

   

中村同窓会長が冒頭に挨拶され、続いて村田校長から添上高校の歴史をふまえ開会の挨拶をされました。

   

昨年度卒業した新会員を代表して上田さんが元気よく入会の喜びを述べました。また、長寿会員として26名のご出席をいただき、中村会長から記念品が贈られました。

      

井上副会長によりスムーズに議事が進行し、終了後に箏曲部や吹奏楽部がアトラクションとして演奏してくました。久しぶりの校歌に感激されている方もおられました。また、体操部が力強い演技を披露してくれました。

   

食堂にて懇親会が行われ長寿会員の方々から当時の思い出や近況の報告を語っていただきました。今年は40数名のご参加をいただき和やかな雰囲気のなか懇親会を終えました。

※事務局より、今年は長寿会員として昭和41年3月卒業の方々に案内をお送りしましたが、住所変更等により多くが手元に届かずに戻ってきました。来年度は昭和42年3月(第19回)卒業の方々にお送りしますが、今年と同様に届かないこともありえます。どうか皆様お誘いいただきまして総会へご出席を賜りますようご協力お願い申し上げます。

令和元年度 会長より

              「不易」なこと 

                           同窓会長 中村秀臣

今年の5月1日より、平成の時代から令和の時代に移り、「令和」の意味など、「令和」にまつわるさまざまな情報が元号発表前後に飛び交いました。我が母校、添上高等学校は明治39年農林学校として開校、大正、昭和には添上農学校として今日に至っています。明治、大正、昭和、平成、令和と、五時代の歴史を歩むことになります。開校から今年は113年目になり、奇しくも、令和元年が、スポーツサイエンス科の前身、体育科が併設されて50周年を迎える年であり、この11月には記念式典が挙行されます。添上高等学校として70数年、うち3分の2以上を占める体育学科の母校が歴史を刻んできた結果、近畿圏内はもとより全国にその名を轟かせてきました。超少子化高齢化社会の中、これまで築かれてきた伝統をさらに受け継ぎ、120年、それ以上の歴史を歩めるよう、さらなる母校の発展を願わざるを得ません。母校の同窓会は大正13年に組織され、昭和3年に「楽陽会」と命名して発足されました。その後、昭和30年に農学校と新制高等学校の卒業生からなる組織に再構築され、今日の同窓会になって現在まで受け継がれています。会員は2万2千名になり、各界で活躍されています。「不易流行」という言葉があります。これは江戸時代の俳人松尾芭蕉の俳諧理念の一つであります。「俳諧の持つ永遠に変わらない性質と、新しさを求めて流動変化する性質とは、全く違うように見えるが、ともに基づくところは一つ。」(広辞苑より)教育もこの「不易」と「流行」が大切なものであると思われます。「不易」とは人生を生き抜く中で、人を敬い、人を大切にし、人の命を奪わないことなど、今日の時代でも変わらないことであり、「流行」はそれに対して刻々と変わり続けるもの、科学技術など、例えば、携帯電話の利用などがそれにあたるのではないでしょうか。小学校の卒業式で、女子児童が女子大生と同じように袴をはいて参加することもそうでしょう。教育は教科や部活動等を通して、この「不易」と「流行」を正しく教えることでもあると思います。卒業生の皆さんは母校を愛し、当時の、今でも顔を合わせる友人や恩師のことを忘れないでしょう。まさか、母校を否定する方はおられないと思います。考えさせられるデータがあります。「校歌を全く覚えていない卒業生が63.5%おられると」は残念である。因みに、「高校3年間の担任の名前を覚えていない卒業生が46%おられる」(全国的な統計)。一度、校歌の歌詞を母校のホームページで確認するとか、一度、母校に足を運んで見てはどうかと思います。母校添上高校はご承知のように、体育クラブが特に盛んな高校なので土、日に来校されても、後輩たちの活動が見られます。校舎も目に張ってきますので、当時のことが思い浮かぶのではありませんか。毎年5月なら、体育館において「同窓会総会」が開催されます。同級生と一緒に出席していただければ幸いです。いつまでも母校に思いをはせる、これこそ「不易」なことではないでしょうか。